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ラリー・ブラウンの足跡

ラリー・ブラウンほどコロコロと職を変えた監督はいないんで、
大学でもプロでも、彼と全然繋がりが無いチームを見つける方が難しいですが、
今年のNCAAトーナメントは、ラリー・ブラウンとの繋がりが目立ちます。


ラリー・ブラウンが、大学の選手としてプレーしていたのはノースカロライナ。(1961-63)
バスケ考案者のジェームズ・ネイスミスから、フォッグ・アレン、ディーン・スミスと続く、
由緒正しいコーチの系譜をスミスから引き継いでる事になります。

ノースカロライナのロイ・ウィリアムス現監督もスミスの下でプレーしていたので、
ラリー・ブラウンの弟弟子になりますね。


プロ(ABA)で数年プレーした後、
初めて監督になった場所が、デイヴィッドソン・カレッジ。(1972)
ただ、放浪癖はもう始まっていたようで、シーズンが始まる前にABAのチームに転職(笑)


ABAで3回Coach of the Yearに選ばれた後、
大学に戻ってきたのはUCLAの監督としてでした。(1979-1981)
1980年のNCAAトーナメントで決勝進出。
ただ、ルイヴィルに負けて優勝は逃しました。


次に監督した大学は、カンザス。(1983-88)
88年に、ダニー・マニングの活躍で念願の大学初優勝を果たします。

カンザス時代、アシスタントとして雇ったコーチの中には、
メンフィスの監督になっているジョン・カリパリがいました。(1982-85)
カリパリの穴を埋めてアシスタントになったのが、カンザスのビル・セルフ監督。(1985-86)

その後、ネッツでクビになったカリパリを、76ersのアシスタントとして拾った事もありました。(1999-2000)


つまり、ラリー・ブラウンはFinal Fourに残ったうち3チームに直接繋がりがあって、
繋がりが無いメンフィスも弟子が監督をしてる、ってわけ。
しかも、トーナメント一番のサプライズ(デイヴィッドソン)の監督だった事もある、と。

準決勝のカードはどちらも因縁がありますけど、
決勝のカードは特にストーリーが無いな、と思ってたところで、
こんな綺麗な繋がりがありました。

テーマ : バスケットボール
ジャンル : スポーツ

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アシュリー

Author:アシュリー
カリフォルニア州バークリー在住、元スポーツジャンキーのアシュリーです。

今観るスポーツは、アーセナル(サッカー)とグリズリーズ(バスケ)、あとテニス。

専門の物理ネタ以外にも、色々書いていくつもりです。

Twitterをハンドル名Inoueianでやっています。

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